Little AngelPretty devil
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

       “雪月夜”
 



吹雪や横殴りの“しまき”ほどの暴風雪というのは例外だが、
雪が降るおりは不思議なほどに ふっと音が消える。
雨ほど重たい粒ではないからか、
それともそうまで寒い中では活動する存在もなくてのことか。
風の吹く音さえしなくなったのへ、
あれれぇと不審に感じて窓の外を覗けば、
音もなく舞い降りる白いものに気づいたということがよくあって。

 「………寒い。」
 「お、すまん。」

この一月ほど、居続けのままの居候状態にあった間、
ずっと臥処にと借りていたのが、
この屋敷の主人の寝床でもあって。
身体を貫き通す深手を負った身へとはいえ、
自分は従者で式神もどき、
日頃からして それを挙げちゃあ、
容赦なく荒っぽい扱いをする奴なのに。
最初に目が覚めたおりこそ、
侍従のくせに役に立たねぇ奴と罵りの、
やたら乱暴に咬みついて見せたものの。
それ以降は、
甲斐々々しい…とは言い難かったけれど、
それでも宮廷への出仕以外、
常に傍らから離れぬようにしていた彼であり。

 『言っただろうが、
  俺は人の和子と違って傷の治りも早いってよ。』

大鎌に抉られた傷は確かに深かったが、
昏々と眠っていた間、
身の内へ地力を溜めることにだけ集中出来たので。
そうなると、外観はすぐにも元通りとなったし。
さすがに、日中
(ひなか)に行動するには、
もう少々精力が要るのでと、
穴蔵同然なのが都合もいいことだしと、
そもそもの塒
(ねぐら)にしていた祠へ戻ろうとしたのだが。

 『するってぇとなにか、
  お前が完治するまでを
  穴蔵でうんうん言ってうずくまってる間、
  俺は何の護りもなく放り出されてろってぇことかよ。』

出て行こうとした葉柱を遮ってのこと、
妻戸の前へと立ちはだかった天の邪鬼さんが、
そんな言いようを突きつけて来。
そうは言っても今の自分では以前ほどの動きは望めぬ、
何なら代わりを呼んで護衛としても…と言い出すことも読まれていたか、

 『代理が俺を喰わねぇとは限るまい。』
 『……おい。』

先んじての畳み掛けの中、
自分の同胞を腐されたのへはさすがに黙っておれず、
それは率直に眉を寄せて見せた葉柱へ、

 『お前への忠誠があるからそれはねぇか?
  だがの、自分の親方を悪く言う輩へ
  色々飲み込んだまま黙々と仕えるのは大した骨だぞ?』

悪口雑言を浴びせるぞと、前以て言って来るよな、
幼い童のような言いようまで持ち出すに至って。

 『お前なぁ…。』

どこの悪ガキだと今度こそ呆れた総帥殿。
何のことはない、案じが嵩じてのこと、
快癒するまで傍に置きたがってる彼だと、
そこでようやく気がついて。
素直じゃないにも程があるぞと、
想いはしたが口には出さず。
昼の間は眠ることも出来ぬまま、
我儘な介添えから話しかけられちゃあ相手をしつつも。
精のつくものをたんと用意されての、
のんびり構えての養生となって。

 「…養生ったって、お前。」
 「??」

この時代の寝床の常、
板の間へ、よくて薄べりと袷の古いのを敷いた上へ、
やはり大きめの掻巻きを掛けられれば上等…なものが。
この屋敷では、ずんと早いころから
綿を側生地でくるんだ“布団”もどきを用いており。
そこへと横たわってた蜥蜴の総帥殿のすぐ傍らへ、
厚絹の袙
(あこめ)をすとんと足元へ脱ぎ落としたそのまま、
小袖一枚となり、同じ衾へすべり込んで来る存在があり。

 『俺は冬眠知らずで、寒さは堪えんのだがな。』
 『あほう。俺が寒いからこうすんだろうが。』

それともお前、
俺はどっかの隅で丸くなって寝ろとでも言うのかよ、と。
薄着になっても案外と暖かいし柔らかい身を、
ひたりと寄り添わせて来るという、
色んな意味から困った晩を、幾日も過ごすこととなったりしたれば、

  こーりゃ 一刻も早く完治せんとな、と

当人の中でもややこしい快癒への意欲が沸いたらしく。
そうして一月近くが経った昨日今日辺り、
外の空気に触れても気は萎えるどころか爽快なものだから、
ああこれは快癒したなぁとの感慨に耽っていたところ、

  寒いぞと、文句を言われ、蔀
(しとみ)を閉ざす

 “………おお、何か語調がよくね?”

そうですね、時代が時代なら俳句と呼ぶ代物です。
但し、平安の時代はまだ和歌全盛なんで、
あと七七を続けないと、
短気な誰かさんから蹴られること請け合いですが。
(笑)

 「何をごちゃごちゃ言ってやがるかな。」

それも場外と、と。
目尻が心なしか吊り上がった術師殿であり。
こっちへもとばっちりが来そうなんで、
お邪魔虫はこの辺で そおっと退却致しますけれど。

 「完治した途端に外が恋しいか、この野郎。」
 「そういうんでもないけどな。」

蔀の前へと几帳を戻し、隙間風さえ寄せぬよに戻してから。
勿体なくも絹の衣紋の数々を、
幾重にも敷き詰めたあでやかな臥処にて。
寒いだろうがとぶうたれた、
うら若きお館様の痩躯を引き寄せ、
雄々しい胸板が頼もしい、懐ろの深みへ掻い込むと。
男臭さに圧倒されたか、それとも頼もしさが懐かしかったか。

 「う……。////////」

不平に尖っていたはずのお顔から、
何やら…物言いたげながら、言葉にならぬらしき何かしら、
ほわりと浮かんで来ての たちまちに、
鋭角なあれこれから、角を取ってしまうところが何とも他愛ない。
引き寄せられたのへと“しょうがないなぁ”なんて
“病み上がりだしなぁ”なんて、ぶつぶつ言って見せるけれど。
我儘な御主様の手は、相手の衣紋の衿をしっかと掴まえているし。
そおと身を支え、近づくに任せて重ねた口許は、
ほのかな熱と吐息にかすかに濡れていての愛しいばかりで。

  ああ、なんか俺…
  何だよ、なんかって

何でもねぇよと言う代わり。
相手の細っこいうなじに添えた手に、
ちょっぴり力を込めると、
それ以上のおしゃべりを も一度封じた、
そろそろ限界だったらしい、
雄々しき侍従さんだったようでございまし。


  とりあえず、春を迎えるのは間に合ったようなので。
  剣呑な揉めようをせぬように、
  あとちょっとの冬、
  身を寄せ合っての暖かくお過ごしになられますように…。





  〜Fine〜  12.02.16.


  *すぐ前のお話『初春から大人げない?』の、
   続編みたいなノリになっちゃいましたな。
   それほどに結構な深手を追った葉柱さんだったということで。


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